リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

自衛隊の意外な活動1 注射器や包帯で戦う自衛官

自衛隊が入院患者の移送に協力

陸海自衛隊員と消防職員が協力して、患者の移送を行ったそうです。病院の新築移転にともなう移動だとか。

長崎市片淵2に新築移転した済生会長崎病院(和泉元衛院長)が1日開院し、入院患者53人が自衛隊の協力を得て旧病院から新病院へと移された。


患者に影響しないよう短時間で終えなければならないため、同市消防局だけでなく陸上自衛隊と海上自衛隊も協力する“引っ越し作戦”に。自衛隊員46人と、救急車両7台、小型トラック5台が出動した。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

このような活動も自衛隊の任務の一つです。「民生支援」「民生協力」などと呼ばれます。自治体の依頼を受け、いくつかの条件(公共性、非代替性など)を満たした上で行う活動です。

この件では、患者の輸送は本来、病院や消防が行うべきものです。ですが恐らく患者の数が多く、消防だけでは輸送車両や人手が足りなかったのでしょう。そこで自衛隊の支援を頼まないとムリだ、という「非代替性」が認められたのだと推測できます。

自衛隊員には医者と看護士がいる

(上記記事より引用)
自衛隊が呼ばれたのは、人手と車がある、というだけではありません。医療のノウハウを持った隊員が大勢いるからです。上の写真には左腕に赤十字をつけた隊員が何人か写っています。彼らはみな、医療の訓練を受けた衛生要員です。いわゆる衛生兵ですね。

入院患者の移送となると、移送中に入院患者の容態が急変した場合を想定せねばなりません。そんなとき、とっさに応急処置をとれる人が一緒にいる必要があります。そのために衛生要員が付き添っていったのでしょう。この「引越し作戦」、もし民間の引越し業者に頼んだとすると万一の時に不安があります。自治体が自衛隊に民生支援を依頼したのは、輸送と医療の能力を兼ね備えているからです。

陸上自衛隊には医者の資格をもった医官(いわゆる軍医)だけでも600〜700名が所属しています。そのほかに看護官(看護士)はさらに大勢います。ほか、薬剤師や歯科医もいます。*1

自衛隊ならではの専門的な医療

(自衛隊所属の救急車。wikipediaより)
今回の民生支援では衛生要員たちの救急医療の技術が買われました。ですが彼らが身につけているのは、一般的な医療技術だけではありません。自衛隊ならではの専門的な医療技術があり、隊内で研究されているそうです。

例えば世田谷区におかれている部隊医学実験隊では、戦傷病の予防・応急治療のほか、サリンや炭素菌といった化学・生物兵器の攻撃から人命を守るための研究も行っているそうです。銃や毒ガスといった兵器に対抗するための医療は、自衛隊ならではと言えるでしょう。

また、自衛隊が臨む過酷な環境のための医療も発達しています。海上自衛隊ならば「潜水医学」の研究がなされています。事故を起こした潜水艦から人員を救出する際に、いかに安全かつ早く潜って救助し、大気圧に戻るときはいかに安全に減圧するか、というような研究だそうです。

(10/01/02追記)Panda 51さんがコメント欄で教えて下さったのですが、海自の潜水技術は極めて高く、潜水の日本記録も保持しているそうです。世界的にみても海自の潜水技術は高いそうです。詳しくはこの記事のコメント欄をご覧下さい。
(/追記)

航空自衛隊の医官ならば「航空医学」の知識を身につけています。例えば戦闘機パイロットのために「加速度医学」というものがあって、超音速飛行に耐えられるようになるための訓練に役立てられているといいます。

このような特殊な医療の研究と、それを身に着けた衛生要員が、自衛隊の活動を支えているわけです。
衛生要員の皆さんは普段から日本国内の駐屯地や自衛隊病院で活躍しています。隊員やその家族の治療に当たっているのです。

とっさの時に垣間見える、衛生隊員の誇り

(8/2追記)
陸上自衛隊の訓練センターには、訓練の模様を色々な角度からビデオで撮影する設備があります。後でチェックして反省・改善をするためです。そこで衛生科の隊員についてのこんなエピソードがあります。

その場面は、ドカーンという砲声が近くでした直後のことだった。その音は迫撃弾が落ちたというサインである。10メートルほど離れたところでその爆発音がした途端、その衛生兵が自分の連れていた負傷兵の上にぱっと伏した。


迫撃弾が近くに落ちれば、土砂やら破片やらが飛んでくることになる。そうしたものから負傷兵を守るため、彼は自らの体を盾にしたのだ。その様子が訓練を撮影したビデオにはっきりと映っていた。


それを見た上官は「自分を盾にするとは大したものだ」ということで、検討会のとき衛生兵を呼び、その行動を褒め称えた。ほかの隊員たちも”すごいやつがおるな”と感心したのである。


ところが、当の衛生兵は、不思議な顔をして「何でそんなことがすごいのですか、私は衛生兵ですから患者を守るのは私の任務です。教えられた通りにやっただけです。私が褒められること自体がおかしい」と言ったのである。


私服に着替えれば、いまどきの若者そのものという彼がそう言ったものだから、また一同びっくりしたという話である。
p41 「自衛隊に誇りを」 志方俊之 小学館文庫

反射的に自分を盾にした衛生要員は、どこにでもいる今時の若者だったといいます。それでも自衛隊の訓練で培われたプロ意識が、とっさの時に勇敢な行動ができる人間にしたのでしょう。
(8/2追記 以上)

阪神淡路大震災での活動


彼らは災害派遣においても非常に重要な役割を担います。

津波・地震などの際に自衛隊が派遣されたときには、医療設備が災害で壊れた環境で、多くの怪我人を治療することになります。

阪神淡路大震災の例をみてみましょう。まず、被災地ちかくの自衛隊阪神病院が患者受け入れにあたりました。次に派遣された衛生隊員が被災地に多くの救護所を設置し、ケガ人の応急手当に当たりました。全国から派遣された衛生隊員は、ピーク時には医官63名をふくむ576名の大医療チームとなって被災地で活動しました。

ルワンダ難民救援での過酷な任務


衛生要員は海外派遣でも活躍します。怪我や病気の治療をするのはもちろんのこと、時には予防接種を行ったり、現地の医者を指導したりといった支援も行います。

ルワンダの難民救援隊として自衛隊が派遣されたときは、途上国ならではの過酷な環境だったといいます。派遣隊の一員だった神本一等陸佐(2002年時点の階級)と、医官の山田陸将(同)は、ルワンダでの模様を対談でこう述べています。

神本 医官グループは大変だったと思います。一週間に一度は夜間出動がありまして、しかもだいたいが重症患者です。当然、血が溢れた現場になる。血が混じるとエイズになる。あそこではいろんな場面でエイズ感染の心配がありました。


患者から血が吹き出ているのを止血しようと素手で抑えた医官や、手術中に手をちょっと切って血を出した医官は、皆エイズ感染を案じていました。「隊長、やっちゃいました…」って。しばらくは暗かったですよ。みんな大丈夫でしたけれど。


山田 医療に携わる者は絶えずこのような危険と相対しています。医官でも看護官でも倒れてる人を見れば助けに行きますし、血が出ていれば反射的に止血しようと手が出てしまいます。これは我々に与えられた職業的使命で、ルワンダでは、エイズの危険性と不安を感じながら、医官たちは助けることに全力を傾けたわけです。
p22-23 セキュリタリアン 2002年 2月号 

自衛官というと銃を持って戦うイメージですが、注射器や包帯で日夜戦っている人たちもいるのですね。

参考

医科・歯科幹部自衛官:各種募集種目:自衛官募集ページ:防衛省・自衛隊
なお自衛隊の医学校は学費がかかりません。医者になるのが夢だけど、医学部に進む学費はない、という方は医官を目指されては如何。

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今回は衛生要員をとりあげました。自衛隊には他にも、国民のために重要で、ちょっと意外な活動をしている部隊がいくつもあります。また次の機会に、それらも紹介してみます。さしあたっては第101飛行隊、航空救難隊、札幌雪祭りなどを採り上げてみる予定です。

*1:さらに付け加えれば救急車や消防車もあります