リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

自衛隊を出すばかりが防衛ではない

 尖閣沖事件から始まった日中の係争は収束しつつあります。ただし、これで尖閣諸島問題が決着したわけではありません。今回のような事態がいつか再発することは大いにありえます。

 今回のような係争があると、日本側でも相手国側でも、インターネットを中心に「さっさと自衛隊を送れ」「軍隊を出して何とかしろ」という声が出てきます。

 確かに軍事組織を動かせば、決定的な一打となって、相手国を妥協させられるケースもあります。しかしいつもいつも軍事組織を出せばいい、というものではありません。

 敢えて軍事組織を動かさず、警察組織だけを動かす方が外交上メリットが大きいケースも少なくありません。

 この記事では国境係争において警察、またはそれ以下の組織がどのように役に立つかを見ていきます。

武力をチラつかせて収まるケース、逆に過熱化するケース

 係争地域に軍隊(またはそれに相当する自衛隊のような組織)を送ることは、国家にとって「決定的なカード」です。「いざとなれば、戦闘になってでもこの土地を守るつもりなんだぞ、どうだ」というメッセージが込められています。また、土地をめぐる係争の場合、現にその地域を自国軍が占領しているということは、他の何よりも強烈な交渉材料となります。だって実際にそれを手にしているのですから。だからある土地の領有権でモメたとき、相手より先にそこへ自国軍を配備してしまう、そして相手に「妥協するか、さもなくば最悪、戦争かだ」と暗に迫るのは威力のある交渉法です。

 しかし、常にうまくいくわけではありません。こちらの軍事力が相手よりも圧倒的に有利であり、かつ相手が「まあ、これくらいは譲ってもいいか」と係争地を低く評価しているなら、妥協を引き出すこともできるでしょう。ですが互いの戦力が拮抗していたり、相手がその係争地をきわめて高く評価している場合は、そうそううまくはいきません。そんな時、軍事力の投入は相手側の態度を硬化させ、逆に係争を加熱させる恐れがあります。

 軍隊の投入は決定的なカードであるがゆえに、相手にも決定的な選択を迫ってしまいます。係争地を相手に軍事占領されて、もし黙って引き下がれば、もうその土地は確実に相手に奪われてしまうからです。また両国の感情的な対立も深まります。自国にとっては「そこはわが国の領土だから、わが国の軍隊が行って守るのは当然だ」と考えるでしょう。しかし相手国にとっては「そこはわが国の領土なのに、相手の国が軍隊を送り込んできた!」と、つまりは侵略を仕掛けてきたと認識され得ます。するとたいていの国の国民は激昂しますから、政府としても相手に対抗するためこっちも軍隊をだす、という選択肢が有力になります。

 国境付近で軍隊同士が睨み合うということになると、ちょっとした誤解や行き違いから、不慮の事態が起こらないとも限りません。ですから「我が方が軍隊を出しても、むこうは折れないだろう。それどころか対抗して軍を出してくるだろう」といった観測が立つ場合や、相手国との決定的な対立が割に合わない場合などは、とりあえず「性急にこの係争に勝つよりも、今は事を荒立てない方を選びたい」ということになります。

沿岸警備隊は事態を小火で収めるクッション

 そのようなときに役に立つのが、陸上国境なら国境警備隊、海上国境なら沿岸警備隊です。これらの組織はたいてい銃をもって武装していますが、軍隊ではありません。有事の際には軍隊の一部に組み込まれるのが通例ですから「準・軍」とみなされます。しかし平時にはあくまで警察として運用されます。国境付近で密輸、密入国といった犯罪を取り締まるとともに、警備活動をおこなうのです。

 日本でいえば「海上保安庁」が沿岸警備隊です。(なお自衛隊にも「対馬警備隊」など警備隊の名称をもつ部隊がありますが、これは軍事組織の所属なので、ここで言う国境警備隊とは異なります)

 こういった国境・沿岸警備隊は、国境紛争のときにまず矢面にたちます。最初から軍隊を投入すると角がたち、紛争が過熱化しやすいので、その前のワンクッションとしてこの種の警備隊が用いられます。それでどうしても解決できなければ軍隊の投入案が浮上してきますが、相手がまだ軍隊を出していないのであれば、できるだけ沿岸警備隊だけの収めたいところです。そうすれば事態が偶発的に戦争につながる可能性を低くできますし、相手への挑発が少なくて済むことから、穏やかに事態を収集できる可能性が残されます。相手が先に軍隊を出してくれば、国際世論に対して相手の方を悪者に見せることができます。

なぜ韓国は竹島に軍隊を置かないのか?

 例えば韓国と日本のあいだにある竹島問題です。これを韓国の立場からみてみましょう。韓国は竹島を不法占拠しています。日本が何を言ってこようが、竹島は韓国の威信にかけても絶対に譲れません。しかし、だからといって日本と紛争になるのもうまくありません。日本を決定的に追い込んで、自衛隊に防衛出動命令を出されるとマズいのです。

 そこで「軍隊は止めておいて、警備隊」という選択です。韓国は竹島の占領をより確かなものにするため、竹島に「独島警備隊」を配置して守りを固めています。この警備隊は韓国軍ではなく、韓国警察の所属です。といっても警備隊員たちはしっかり軍事訓練を受けています。軍隊で訓練を受けた後、軍から警察に出向した、という形です。だから実態としては軍事要員でも、建前は警察所属の警備隊です。

 なぜこんな面倒なことをするのでしょう。係争地域である竹島に軍隊を駐留させると、日本政府に「防衛出動」を発令する根拠を与えかねません。自国領だと主張している島に軍隊を置かれたのでは、いくら日本政府でも「これは侵略だ」と認定せざるを得ず、自衛隊を出して反撃してくるかもしれない、という恐れがあります。だからあえて軍ではなく警備隊を置き、「韓国としては、島は譲れないが、かといって戦争にまで事を荒立てるつもりは無い」というメッセージを日本側に送っていると捉えられます。

 竹島の例は警察所属の警備隊をつかって不法占領を強固にするケースなのであまり良い例ではありませんが、ともあれこのように「戦争勃発を防ぐため、軍ではなく警備隊を使う」というのは一般的な外交の知恵なのです。より一般的には、国境線付近はあまり軍隊を常駐させず、警察組織の警備隊のみにすることで、無用の緊張を避けるワンクッションとして用いられます。

尖閣沖事件は警察レベルの問題

 先月の尖閣沖事件について、さるテレビ番組では「尖閣諸島で日中の武力衝突か」などと物々しい解説をしたところもあったそうです。しかし少なくとも事件の場合、軍事マターの事態ではありませんでした。中国政府は口では色々と激しいことを言っていましたが、軍隊はろくに動かさず、尖閣沖に送ってくるのは漁船と漁業監視船のみでした。日本で言えば海上保安庁にあたる海警すら出てこなかったようです。このことから、中国側には事態を武力衝突まで持っていく意図は全くないことは一目瞭然でした。

 また日本政府の筋道論からいっても、明らかに防衛ではなく警察・司法が主に担当すべき事態でした。日本は「尖閣諸島は明確に日本の領土であり、領土問題は存在しない」という立場なのですから、その立場で終始一貫「領海内のことなのでわが国の司法で処理する」で通すのが筋というものです。

  ただし尖閣諸島で有事となれば、もちろん話は別です。軍艦を出して脅してくるなり、兵士を上陸させてくるようであれば、自衛隊が対処せねばなりません。また日米安保条約の速やかな履行をアメリカに迫るべきです。イザという時には不退転の決意を示さなければ、領土と国民の安全を守ることができません。将来的にはそういった尖閣諸島を巡る軍事対立や、最悪の場合、武力衝突が起こる可能性もあるでしょう。

 しかし今回の事件はあくまで平時の事件であり、有事に発展する恐れが極めて低いケースでした。そのような場合、先に自衛隊を出せば中国の反日世論を煽り、中国政府を追い込みすぎることになりかねません。また国際世論の支持を日本に引き寄せるにも障害となるでしょう。また、交渉で収められるところを、むやみにエスカレートさせるメリットはあまり大きくありません。

なにごとも状況と目的に応じて

 他方で、今回の揉め事がいったん収まった後に、日本の実効支配を強固にするため、海保だけでなく自衛隊を含めた警備強化を行うことは、有効でもあるし、必要な措置でもあるでしょう。実際、防衛省は南西諸島への警備強化を計画しつつあり、与那国島への陸自配備などの案があがっています。また国会においても民主党の議員から自衛隊の尖閣配備、尖閣周辺での日米共同演習実施などの提案がなされています。しかしそちらの方も、「尖閣諸島そのものにだけ自衛隊を常駐させる」で奏功するほど簡単な問題でもないのですが、これについてはまた次回見ていくことに致しましょう。

ともあれ、軍隊を出す、自衛隊を置くといったことは国境係争における手段の一つです。それ自体は目的ではないし、唯一の手段でもありません。是が非でも自衛隊を前面に出さねばならない事態も起こり得ますが、それほどではない事態はより頻繁に起こり得るでしょう。状況に応じ、目的に適した手段を選択することが肝要です。

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