リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「戦争なんか起こるわけがない」は思い込みだという歴史的実例

日本は長らく平和を謳歌してきた。(拉致被害者やその家族の皆さんにとっては欺瞞の平和に過ぎなかったけれど)

そんな中で防衛力の整備には「戦争なんか起こるわけがないのに…」という懐疑論が常にともなった。

だが、歴史的に見て「戦争なんか起こるわけがない」という見通しが外れたことは多い。

「アルゼンチンが戦争なんかするわけない」

1983年4月、フォークランド紛争が起こった。アルゼンチンとイギリスとの紛争だ。きっかけは、イギリス領フォークランドに対し、アルゼンチンが突然侵攻を開始したことだ。

だが紛争勃発の直前まで、戦争なんか起こるわけがない、という論理的な意見があった。例えば83年4月5日に発売された雑誌ビジネスウィークは、戦争にいたる可能性は低い、と論じている。その根拠は

  1. アルゼンチンのインフレ克服政策が最終段階に入った
  2. アルゼンチンは財政赤字削減のため、軍事費の10%削減を打ち出している

ということだ。経済が落ち着きつつあり、かつ軍縮を打ち出している国が、危険を冒してイギリス領を攻撃したりするだろうか? まさか、そんなことはない。実に説得力のある意見だ。

しかし実際にはアルゼンチンは4月2日にフォークランドに侵攻した。この雑誌が書店に並ぶ3日前の話だ。そしてこの冷静な分析が発売された4月5日当日、イギリスは、こちらも周囲の予想を裏切って、思い切った反撃に出るため空母機動艦隊を出撃させた。その結果、第二次世界大戦以来、なんと最大規模の海空戦がくりひろげられた。

「まさか、戦争なんか起きないだろう」
「相手が攻めてくることなんてないだろう」

という思い込みが裏切られた例だ。

「勝ち目もないのに日本が戦争なんかするわけない」

予想できなかったといえば、太平洋戦争もそうだ。当時、日米交渉は難航していた。アメリカは日本が戦争に訴える可能性を考慮していたが、その可能性は低いと見積もっていた。

なぜなら日米の間には絶対的な国力の差があるからだ。戦争になれば日本の負けは確実である。それくらいなら、交渉で妥協するのが当たり前だ。

だが日本政府の考えは違った。暗礁に乗り上げた日米交渉に絶望し、もう開戦のほかに道はない、と既に思い込んでいた。

在日アメリカ大使館のエマソン書記官はその空気を感じとった。「このまま交渉していたら戦争だ」と考えた。そこで国務省の重鎮ホーンベック政治顧問に報告した。

「日本は交渉で追い詰められ、絶望している。このままでは戦争に打って出るに違いない」と。

しかしホーンベックはこれを一笑に付した。「歴史上、絶望から戦争をしかけた国の名を、一つでもあったら挙げてみよ」と。戦争は勝てそうだからやるので、絶望して戦い始める馬鹿はいない。ホーンベックはエマソンの意見を退けた。

だがその数週間後、日本は負けると分かっていて敢えて開戦、真珠湾を奇襲。交渉で片付くというアメリカ国務省の見通しは外れ、太平洋戦争が始まった。

頭のよい現実主義者は、相手も自分と同じように合理的に判断する、という思い込みで失敗する。

「ただの脅しだ。フセインはカネが欲しいだけで、本当に戦争をする気はない」

これまで見てきたように、相手に戦争に打って出る意図があるかないかを判断することは極めて難しい。イギリスはアルゼンチンの本気を嗅ぎ取れなかったし、アメリカは日本の自暴自棄を読みきれなかった。この難しさは現代でも同じだ。偵察衛星で相手国を頭上からのぞき見ても、その心まで覗くことはできない。

湾岸戦争がその実例だ。湾岸戦争はイラクの独裁者フセインが、クウェートに侵攻したことで始まった。フセインはクウェートに向けてイラク軍を移動、集結させていた。アメリカはそれを偵察衛星によって知っていた。だが、それでもフセインが本当に戦争をする気だとは思わなかった。イラクと文化的に近い湾岸諸国も同様だった。

当時のアメリカの国務長官だったジェームズ・ベーカーは言っている。

サダム・フセインの好戦的な言動が改めて関心の対象になっていたが、危険な兆候だとまでは思われていなかった。イラクの暴君がクウェートに侵略をちらつかせて、自国の巨額な負債を肩代わりさせようとして、脅しをかけているに過ぎない。というのが、アメリカ政府高官の大方の見方だった。
J.A.ベーカー? 「シャトル外交:激動の4年(上)」 新潮社 1997年 p23

要するに、イラク軍の行動をただのブラフ、脅しに過ぎないと解釈していたのだ。また、フセインの方でも、アメリカの意図を読み間違えていた。クウェートを侵略してもアメリカはわざわざ介入しないだろう、と誤解していた。アメリカは「イラクはクウェートと戦争をする気はない」と誤解し、イラクは「アメリカはクウェートのために戦争をする気はない」と誤解した。その結果が湾岸戦争の勃発だった。

このように現代において、偵察衛星を何個もっていても、相手の開戦意図を常に読みきることは不可能だ。

「戦争なんか起こるわけがない」という楽観は常に危険

このようなわけで、私たち日本人がついつい思いがちな「戦争なんか起こるわけない」は、非常に危険な思い込みだ。それは相手の意図を読み間違えているかもしれない。相手は不合理な行動でも敢えて行うかもしれない。ただの脅しだと思っていたら、実は本気かもしれない。

だから「戦争なんか起こらないだろう」と期待するのではなくて、「戦争が起こらないためにはどうしたらいいか」と考えて外交を行い、あわせて「万一、戦争になっても被害を抑えられるように」と考えて防衛力を整備しておく必要がある。