リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

鳩山政権は防衛大綱の先送りを撤回

今回は鳩山政権の防衛政策についてとりあげます。

読売と産経の報道によれば、鳩山政権が防衛大綱改訂の先送りを撤回しました。北沢防衛大臣の会見によれば、当初の予定通り年内に改訂されるようです。この大綱改訂、8月末の時点で民主党は「先送りする」と決めていました。それがこのたび、撤回されたのです。

今から年内に改訂案をまとめるとなれば、自民党政権下で進められていた案と大差ない形に落ち着くしかないでしょう。この件に加え、鳩山内閣の人事、北沢防衛大臣の会見などから考えると、民主党を中心とする鳩山政権では、防衛政策は現状維持」が基本となるのではないでしょうか。

防衛大綱とは防衛政策の「長期計画」

防衛大綱は防衛政策の方針を決める「長期計画」です。この基本方針に従って、他の計画が立てられ、日本の防衛力が整備されます。大綱は情勢の変化に従って改訂されます。改訂のスパンは数年から数十年に一度といろいろです。

今の大綱は自衛隊を縮小した

いまの大綱は2004年に改訂されたものです。その特徴は、ひきつづき自衛隊を縮小*1しつつ、テロやミサイルといった新たな脅威への対応を強調している点です。

この現防衛大綱は今年末が改訂の期限です。次の数年、あるいは数十年に向けて、新しい基本計画を立てなければいけません。新大綱によって今後の日本の防衛政策、その基本方針が決まります。

防衛費の縮小ストップなどを打ち出した自民党案


新大綱をつくるにあたって、自民党の委員会が案をまとめました。6月のことです。これはかなり踏み込んだ大胆な提案でした。現大綱以前から続いていた自衛隊の縮小、防衛費削減路線の転換を打ち出したのです。

平成15年度予算以来の防衛費・防衛力の縮減方針を撤回して防衛費と自衛官を維持・拡充すべきだとの政府への要求を新たに明記した。

…縮減方針の撤回要求は、政府に防衛力整備を軽視する姿勢からの転換を促すものだ。理由として提言の最終案は、「新しい安保環境から期待される防衛力に対して、縮減されつつある防衛力は、質・量とも不十分だ。陸海空自衛隊ともやりくりの限界を超えている」と指摘した。

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

そのほかにもいくつかの重要な提案を出しています。懸案でありながらも、政治的に難しいいくつかの課題について、やるぞ、と言い切っていています。

…敵基地攻撃能力としての海上発射型巡航ミサイル導入▽
米国を狙う弾道ミサイルの迎撃などの集団的自衛権の行使容認▽
他国との共同開発のための武器輸出三原則の見直しも盛り込んだ。

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ですがこの案は自民党の下野によって頓挫します。それどころか、ナシになったのは自民案だけではありませんでした。

改訂自体を先送りに決めた民主党


民主党は政権獲得をまえに、改訂自体を見送ることとしました。

民主党は…衆院選で政権を獲得した場合、現政権が年末に改定を予定していた防衛計画の大綱のとりまとめを来年以降に先送りする方針を固めた。同党は現在の改定案を抜本的に見直したうえで、新たな「防衛大綱」を整備していくことにしており、年内に検討作業を終えるのは困難と判断した。

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民主党は党内で防衛政策のコンセンサスがかたまっていないことがこの原因の一つと考えられました。連立を
くむ国民新、社民とも合意する必要があります。そのうえで、自民党の報告書をもとにした大綱ではいけない、という判断だったようです。

こうした報告書に対し、民主党内に慎重論が強く、鳩山由紀夫代表は政権獲得後に報告書の内容を見直す考えを表明していた。懇談会は半年で報告書をまとめたが、同党は「改めて人選をして報告書を出してもらう」(前原誠司副代表)としている。

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この報道から、民主新政権は自民党案をナシにして、独自の案を出してくるだろう、と考えられました。その案は防衛費を大きく削るものになるだろう、という説得的な予想もなされました。

参考:民主党の安全保障政策が問題視されている最大の原因とは? : 週刊オブイェクト

今回のニュースはその方針が一転したことを示しています。

鳩山政権は新大綱で自民党案も取り入れる予定?

今の報道によると、鳩山政権は自民党案を少しは取り入れる考えがあるようです。

防衛相は「前政権の踏襲は必ずしも考えていない」としながらも、新たに有識者懇談会などを設けて検討するのは「時間的に制約がある」と、これまでの作業で活用できるものは取り込む考えを表明している。

これを受け、防衛省は安保懇の報告書からも「費用対効果のより高い防衛力の構築」など、鳩山政権が受け入れやすい部分を活用し、作業を急ぐ構えだ。

お知らせ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

しかも、先送りを止めて、年内にまとめる意向を示しています。

北沢俊美防衛相は…策定について「先延ばしはしないでやっていきたい」と述べ、年末の取りまとめに意欲を示した。

ページが見つかりません - MSN産経ニュース

これでは時間の制約から、自民党案をベースに使わざるをえないでしょう。もちろん、鳩山政権の方針に沿わない部分は削られます。とはいえ、自民案やこれまでの大綱と大幅に違う、独自案を出すことは時間的に不可能でしょう。

では、それはどういう案になるのでしょうか。民主党の人事から考えてみます。

独自案を出すつもりだった前原氏は国土交通大臣

防衛政策に詳しい前原誠司副代表は「改めて人選をして報告書を出してもらう」として独自案を出すつもりだったようです。彼はかなりまともな、つまり民主党の中ではかなり大胆な防衛政策観をもっているとされています。要するにタカ派だと思われているのです。

もし彼が防衛大臣になればその知識と見識をいかんなく発揮し、まったく新しく斬新な防衛大綱をまとめたかもしれません。そうすれば新政権は独自色を出せますが、それは自民党並かそれ以上に積極的な政策になる可能性があったでしょう。

しかし前原氏は防衛大臣ではなく、国土交通大臣にあてられました。この人事は鳩山政権が「攻める」分野を示しているように思います。前原氏だけではなく、原口氏、長妻氏といった有力な中堅以上の議員は内政にあてられています。それぞれ国土交通、総務、厚生労働の大臣です。これらの内政が民主党の”主戦場”だということでしょう。

北沢防衛大臣の方向性は旧自民党的

「国を守るということは極めて重要でありますけれども、戦争は絶対にしないということです」

防衛大臣にあてられたのは元自民党の北沢氏です。もと自民党なので、旧社会党のような非現実的な考えはもっていないでしょう。しかし年配の政治家ではあるので、前原氏のような積極的な、見方によっては急進的な政策も打ち出さない、と考えられます。

実際、北沢大臣の会見をみると、冷戦時代から自民党の平均的意見、という風にみえます。決して前進はしないが、非現実的な退歩はあまりやらないだろう、という感触です。

参考:
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北澤防衛大臣、さっそく問題会見: 数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感

会見から、少なくとも集団的自衛権と敵基地攻撃能力については、現状維持のまま改革しない、という風に受け取れます。他方、防衛費縮小の見直しと武器輸出三原則等の緩和についてはまだ不明です。

なお自民政権でほぼ決まっていた陸自の与那国島配備も撤回となりそうです。

沖縄県与那国島への陸上自衛隊の配備について「アジア諸国と連携していく情勢のなかで、いたずらに隣国を刺激する政策はどうかと思う」と述べ、撤回する方針を明らかにした。

日本経済新聞

またアフガン派遣など自衛隊の海外派遣についても消極的です。

北澤防衛大臣は報道各社とのインタビューで、自衛隊の海外派遣について「個人的には第二次大戦で悲惨な状況を体験しているので、軍事力で海外に出て行くことは基本的にやるべきでない」と述べました。

ファイルが見つかりません News i - TBSの動画ニュースサイト

いずれも冷戦時代以来の自民党っぽく、毒にも薬にもならない凡庸な主張です。

新大綱は「現状維持」に落ち着くのではないか?

これまでの情報資料から推測するには、年末の防衛大綱、ひいては鳩山政権の防衛政策はだいたいにおいて「現状維持」に落ち着くのではないでしょうか? ここでいう現状とは、防衛費は微減、ミサイル防衛などに傾斜、という今の防衛大綱の方針です。

もし鳩山政権が防衛政策で大ナタをふるって大削減、あるいは大改革をやらかすつもりならば、こうはならないでしょう。大臣には中堅の有力議員か、逆に思い切った大物の中で鳩山総理の意見に近い人をあてるでしょう。大綱改訂は、前原氏が考えていたように新たな懇談会を立ち上げて案を出させるはずです。大臣の会見でも、振るう大ナタがあるのならばその片鱗くらいは見せるはずです。

ところが実際には、前述のように、自民案を下敷きにし、大臣ももと自民党で、これまでの会見の内容は凡庸。そして独自案を作るという選択肢を自ら撤回しています。

これは「防衛政策では守りにはいる。無難にいく」という方針の表れではないでしょうか? 恐らくかねて言われているように民主党内のコンセンサスが作りづらいこと、防衛政策は国民からの支持にもつながりにくいことなどを勘案して、変わったことはしないという方針でいるのではないか、と思います。

これは現時点での想像に過ぎず、実際に大綱の改定案がでてきてみなければ分かりません。ですがもし上記の予想通りであれば、日本の防衛は良くもならないが、劇的に悪くなることもない、という結果に落ち着くのではないでしょうか。

*1:「合理化、効率化、コンパクト化」と表現されましたが、要は縮小ということ