リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

中国の離島侵攻プランと『戦略的辺彊』

 すっかり門松も取れた頃ですが、遅まきながら明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。

 昨年12月30日、朝日新聞の峯村健司記者がインパクトのある記事を物されました。南シナ海において、中国軍が他国の実効支配する島に侵攻する計画を立てているいうのです。軍事力を背景にして離島の領有権奪取を狙う中国の姿勢が鮮明に現れています。

 このような軍事外交の姿勢を理論的に裏づけているのが、徐光裕の「戦略的辺彊」論です。国境は軍事力によって動かすことができるとする理論です。

 このように軍事力を裏付けに、積極的に国益の拡張を狙うのは、別に間違ったことではありません。しかし、そんな露骨な計画や理論を公表するのは、21世紀の国家としてはあまりに正直でありすぎます。ここに2周ほど遅れてきた大国としての中国の有り様をみることができます。

他国の離島に侵攻、敵の本土を爆撃。そしてアメリカの空母を阻止。

死闘の海―第一次世界大戦海戦史

 峯村記者の報道によれば、中国は南シナ海で他国の支配する島に攻めこむプランを立てたそうです。そのプランはずいぶん思い切ったものです。

中国軍が、東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々と領有権をめぐって対立する南シナ海で、他国が実効支配する離島に上陸し、奪取する作戦計画を内部で立てていることがわかった。

……関係者は「いつでも島を奪還できる能力があることを各国に見せつけることで圧力をかけ、領有権交渉を有利に進める狙いがある」としている。

空・海から奇襲…中国軍が離島上陸計画 領土交渉に圧力 asahi.com 2010年12月30日

 計画を立てているからといって、中国がすぐ戦争をするぞ、というわけではありません。ただ「もし戦争となれば、占領できるんだ」という能力を持ち、それを見せつけることで、交渉を有利にしようというのです。「交渉が失敗したら、中国は攻めてくるかもしれない。そうなれば向こうの方が強い」となれば、中国と交渉にあたる周辺諸国は弱気にならざるをえないでしょう。
 
 中国軍が作成したといわれるプランは、実に攻撃的な、思い切ったものです。

広州軍区関係者によると、この計画は昨年初めに策定された。それによると、空軍と海軍航空部隊が合同で相手国本国の軍港を奇襲し、港湾施設と艦隊を爆撃する。1時間以内に戦闘能力を奪い、中国海軍最大の水上艦艇でヘリコプターを最大4機搭載できる揚陸艦「崑崙山」(満載排水量1万8千トン)などを使って島への上陸を開始。同時に北海、東海両艦隊の主力部隊が米軍の空母艦隊が進入するのを阻止するという。

空・海から奇襲…中国軍が離島上陸計画 領土交渉に圧力 asahi.com 2010年12月30日

 このプランの思い切ったところは、敵本土への爆撃を織り込んでいるところです。かつてフォークランド紛争の時、フォークランド諸島に上陸を試みるイギリス軍は、アルゼンチン本土からの爆撃に悩まされました。しかしアルゼンチン本土を爆撃しようとはせず、あくまで島嶼だけを巡る争いに留めようとしました。(この時はイギリス軍側の能力の限界という要因もありますが)

 軍事的には敵本土の戦力も叩いた方が有利です。でも、それをするとお互いの国民感情がヒートアップします。日本で考えても、尖閣諸島のみならず、那覇や長崎が爆撃されたとなれば、大変なことでしょう。すると戦争終結が難しくなり、政治的に困ります。そこでわざと戦場を限定し、お互いの本土に戦火を及ぼさないことで、暗黙のうちに「この島の問題だけを争うことにしよう」と戦争を制限するのです。

 ところが今回報道された中国のプランには、そんな遠慮が微塵もありません。何よりも先に敵の本土を叩き、アメリカ軍と対峙してまで戦い抜く、軍事的な有利だけを追求したプランです*1

なぜ南シナ海の小島を争うのか?

海の国際秩序と海洋政策 (海洋政策研究叢書)

 南シナ海の島々は、中国のみならず、多くの国々が狙っています。中国をはじめベトナム、台湾、フィリピン、マレーシアら多くの国々が「この島はうちのだ」「いや、うちのだ」と、ここ数十年ずっと言い争っています。軍隊を使った武力衝突まで、何度も起こっています。地図でみれば豆粒のような小島に、周辺国の熱い視線が注がれています。

 なぜそんな小さな島に、多数の国がこだわるのでしょう? 実のところ、国々の本当の狙いは島、それ自体ではありません。島を領有することで、その周辺最大200海里に設定できる、排他的経済水域(EEZ)です。EEZを設定すれば、その中にある魚や海底資源を管轄できます。大雑把にいえば、島を領有することで、その周囲の魚や石油、天然ガスなどを我がものにできるわけです。EEZという「面」の管轄を狙って、島という「点」の領有権が争われています。

 南シナ海で各国が主張するEEZを合計すると、南シナ海がもう1つ必要なくらいです。「ここはうちの島だ。従ってうちのEEZはここまである」という主張が重複しすぎ、入り組みすぎでいます。この画像を見れば、どれだけ揉めているかが一目でわかります。各国が主張しているEEZを線で描いたものです。

南シナ海における各国のEEZ主張

 どの国もできるだけ広いEEZを主張してていますが、わけても中国は南シナ海の半分以上を自国のだと主張しているのがわかります。中国本土からずいぶん遠くの沖合まで「うちのだ」というのは無茶に聞こえます。でも、南シナ海の島々をすべて中国が領有しているとして、その最南端から200海里を設定したならば、これくらいは主張できることになります。

 南シナ海、特に沖合のスプラトリー(南沙)諸島の領有権争いが熾烈を極めるのは、こういう理由によります。今回中国軍が立てた離島侵攻プランは、軍事的にそういった島々を占領可能になることで、領有権確保につなげる意図があるのでしょう。峯村記者はこうも書いています。

国家海洋局はホームページ上で南シナ海について、「中国とほかの小国との領土問題であり、十分な軍事力を見せつけて、領土問題を有利に進めなければならない」と主張している。

南シナ海は「核心的利益」 中国、軍中心に強硬論 2010/12/30

国境は、動かせる―ー中国の「戦略的辺彊」論

「中国の戦争」に日本は絶対巻き込まれる

 島を武力占領できる軍事力をもつことで、領有権を得る。この政策は1987年に発表された「戦略的辺彊」論*2に裏づけられていると考えられます。徐光裕が発表したこの理論は、軍事力によって国境が動かせることを説いています。いわゆる国境線の外側に「戦略的辺彊」を設けることで、国境を外へ外へと広げることができる、と説きます。

 徐光裕は国境線を2種類に分けます。『地理的な国境』『戦略的な国境』です。地理的な国境は、いわゆる国境線のこと。そして「地理的な国境って、実は動くんだぜ!」と徐は言います。そのカギになるのが「戦略的な国境」です。地図上の国境がどうあれ、戦争になったときに国家が軍事力で支配できる範囲の限界線をいいます。

 軍事力に優れた国は、平時の国境よりも広い範囲を軍事的に守ることができるでしょう。この時、地理的な国境より外側にあり、戦略的な国境の内側にある範囲を『戦略的辺彊』と徐は名づけます。戦略的辺彊は、国境線の外側ですから、その国の領土ではありません。でも戦争になれば支配することができます。

 軍事力で実際に支配できる範囲を国境の外にまでドンドンと広げ、『戦略的辺彊』を長期間にわたって保つならば、やがてそこまで地理的国境を拡大することができる、と徐は論じます。逆に戦略的な国境が地理的な国境より狭ければ、やがて国境が縮小してしまう、とします。

 そこで徐は「辺彊を海上300万平方キロメートルの海洋管轄区域の際まで外に拡大」しなければならない、と言います。海上300万平方キロメートルとは黄海、東シナ海、南シナ海を指します。

 徐の他にも、いまの中国海軍の基礎を築いた提督たちが、この海域をさして「歴史的水域」だと言っています*3。中国の陸地面積の三分の一に相当するこの海域は「歴史をさかのぼれば全て中国の海なのだが、西洋植民地主義によって今は失っている」という考えです。そしてこれを取り戻すことが中国海軍に課せられた任務である、と主張しています。

  今回報道された南シナ海での離島侵攻作戦は、ただの思いつきではなくて、80年代以来の構想につらなっています。軍事的に支配できる領域を広げることで実効支配を固め、やがては南シナ海の島々をれっきとした中国の領土に変えていきます。それは侵略ではなく、かつて中国の「歴史的水域」を取り返すことであり、中国軍の使命の一つなのです。

中国のやり方は間違ってはいない

ジャイアニズム~お前の物は俺の物~

 このように見てみると、中国は力まかせに横車を押す無法な国だ、と思われるかもしれません。しかし考えてみますと、ある意味で、中国の言い分は正しいともいえます。

 領土係争がある島について、軍事的に解決するプランを立てるのは、当然のことです。中国のみならず、ベトナムなども離島紛争への対処は考えているでしょう。

 また、国境線が軍事力によって動くというのも、過去に数多くの先例があります。そもそも宇宙から見れば地球上に国境線などなく、国境は人間が集団ごとに棲み分けために決めた方便です。その最終的な根拠は「だって、うちの国民が住んでるぜ」と「だって、戦争になれば我が国がここを獲ってみせるぜ」の2トップにとどめをさします。

 思えば、かつて「領海」という制度が定められた時、その目安となったのは、大砲の射程でした。「沿岸砲の砲弾が届くところは、その国の領海と認めていいんじゃないか」という考えで、大砲の平均的な射程を目安にして領海の幅が定められたといいます。国家の軍事力が及ぶ範囲の限界が、すなわちその国家の領有権の限界。国境を最終的に擁護するのは軍事力に他ならないことの、これは象徴的なエピソードではないでしょうか。

 だから軍事力でもって島々を領有し、ひいては海を管轄しようという中国のやり方は必ずしも間違っているとは言い難く、19世紀やそれ以前ならばむしろ当然のやり口だというべきです。実際、中国はこの種のやり方で権益の増大に成功してきました。他国から見れば迷惑であっても、中国の政府と国民にとっては喜ぶべき成功です。

あまりに正直すぎる、二周遅れの大国

軍事力と現代外交―現代における外交的課題

 しかし、中国のやり方と言い分は、21世紀の国家が口にし、実行する行為としては、あまりにも正直でありすぎます。

 武力紛争へのプランを作るのは当然としても、相手国の本土への先制攻撃までやるんだと口外すれば、ベトナムら周辺諸国は警戒せざるをえません。軍事力をバックにして国境やEEZについて自国の主張を擁護するのは、どこの国もやっていることです。だからといって「国境って、ぶっちゃけ軍事力でどうとでもなるじゃん(大意)」とは、分かってはいても口に出して言うには生々し過ぎる言説です。

 あたかも19世紀の国家が21世紀に出現したかのような様を、ここに見ることができます。軍事力を用いて領土を広げ、国益を増進するのは、19世紀には当然のことでした。しかし20世紀に二度の世界大戦を経て、そういうやり口はいけないことだというモラルが形成されてきました。 ことに世界大戦の舞台となったヨーロッパ諸国のショックは大きく、それが国境線を希薄化する現代のEUにつながっています。

 ことに、日本には軍事力についての忌避感が強くあります。明治維新後の日本はヨーロッパの国々を見習って、遅れてきた帝国主義国として成り上がりました。しかし第二次世界大戦で散々な目を見てから、そのショックによって、どのような形であれ軍事力を保持したり用いたりすることに強い抵抗を感じるようになりました。

 しかし中国はまだそういう痛い目を見ていません。中国にあるのは十分な武力を持たないせいで、酷い目にあった記憶のみです。武力によって国益を伸張したかつての列強によって19世紀、20世紀と、中国は好き勝手に食い物にされてきました。力を持たないせいで酷い目にあった記憶こそあれ、力を濫用したせいで酷い目にあった経験が、中国にはまだ無いのです。

 昨年、中国との外交方針を批判された仙谷官房長官は「不安とおっしゃる方は19世紀型か、冷戦思考型で二国間の対立を過度にイメージしており、強いとか弱いという議論に終始しすぎる*4と反論しました。これはもっともな言い分です。相手を打ち負かして自国の国益が伸ばせれば全てよしとする考えは、もはや古すぎる、歴史に学ばない態度であるかもしれません。

 しかし同時に、未だ手痛い経験を経ておらず、従ってそれに学べていないのが中国だということも、弁えておくべきです。日本やヨーロッパのような世界観に辿り着いておらず、未だに軍事力を頼み、とにかく国益の拡大に邁進する、19世紀・20世紀的な世界観に、中国は留まっているように見えます。中国が古いルールに囚われているのをマネする必要はありませんが、しかし相手がそのように考え、動くということよく弁えておくべきです。

 さもないと、二周遅れで出走した大物ランナーに、足元をすくわれるかもしれません。

おすすめ文献

日本は中国の属国になる
平松 茂雄
海竜社
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中国の海洋進出についての書籍は、邦語ならば平松茂雄氏の著作がもっとも優れています。特に80〜90年代の「甦る中国海軍
」、「中国の戦略的海洋進出」、「中国の海洋戦略」の三本はすごくいい本でした。

 一方で、最近の氏の著作は、商業的な都合か、はたまた世相を反映してか、煽情的で怪しげなタイトルのものが目立ちます。こういう売り方をするから日本の中国脅威論者は怪しげな極端論と一緒くたにされてしまうのであって、あまり感心しない売り方です。出版社も大変なのでしょうが…。商業的な都合はどうあれ、平松氏が優れたエキスパートでいらっしゃることは違いがないので、タイトルさえ気にしなければ近年の著作も良い本なのでお勧めしておきます。

*1:なお中国側はこの報道を「日本政府が裏で糸を引いて、朝日新聞が根も葉もないことを書いた」と主張しています。日媒炒作中国制定南海作战计划 专家:该爆料旨在离间_国际新闻_环球网

*2:徐光裕(1987) 「合理的な三次元戦略的辺彊―国防発展戦略の九」 『解放軍報』1987,4,3

*3:劉華清(1984) 「強大な海軍を建設して、わが国の海洋事業を発展させよう」 『人民日報』1984年11月24日 /  張徐三(1989) 「中国海軍の発展戦略」 『艦船知識』 1989年 第四期 ほか

*4:http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101110/plc1011101156006-n1.htm