リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「ロシア軍をウクライナに送る必要はまだ無い」とプーチンは述べた

3/4日のBBCの報道によれば、プーチン大統領は軍をウクライナに入れる必要はまだ無い、と述べたそうです。 もしウクライナ側がクリミアを諦めて本土防衛に専念するなら、流血が回避できるかもしれません。ロシアの完勝という形で。

ざっくりしたこれまでの経緯

読まなくていい人は飛ばして下さい。 ウクライナは隣り合う大国ロシアの勢力圏でした。しかし急速にEUとの親交を深め、EU加盟を目指していました。

 

もしウクライナがEUに入ればロシアの言いなりの国ではなくなり、将来的には対ロシアの軍事同盟であるNATOへすら加盟するかもしれません。 そんな時、ウクライナでは反政府運動の激化によって親ロシア政権が倒れ、親EUの新政権ができました。このままではロシアはウクライナを失う恐れがありました。

 

ウクライナ東部に多いロシア系市民は必ずしも親政権を支持しているとは限らず、特にロシア系が過半を占めるクリミアは新政権に不満です。

 

またクリミアにはロシアの租借地セバストポリ軍港があります。この港があるためにロシアは黒海とその沿岸をコントロールでき、地中海にも艦隊を送って影響力を発揮できます。

 

ウクライナが暴力的な政権交代に揺らいだ機に、ロシア軍は「国籍不明の武装集団」をクリミアに送り込みました。併せてウクライナ付近のロシア領で大規模な軍事演習を実施。圧力をかけます。

 

これで現地の親ロシアムード機運を高め、おそらく偵察も併せて行い、クリミアの実行支配に着手しました。 「国籍不明の武装集団」が一定の効果をあげると、クリミア自治政府から要請を引き出して、「現地の要請に応じて」「ロシア系市民をウクライナ新政府の迫害から保護する」という大義名分で、堂々とロシア軍を投入。瞬く間にクリミア半島を実質的に支配。在クリミアのウクライナ軍は次々に投降しています。

 

かつて欧米を訪問した岩倉使節団のサムライたちに対して、プロイセンの名宰相ビスマルクは言いました。「大国が利益を争う際、自国の得になる場合には国際法を尊重しますが、もし損となれば武力の威圧でもって国際法を無視します」と。まさにその通りの事態です。

 

ウクライナに属するクリミア自治政府は、自治権拡大のための住民投票を3月中に早めました。この投票で防衛に関する権利などの拡大が認められれば、クリミアはウクライナから実質的に分離し、ロシアの影響下に入るものと思われます。

 

ロシアの軍事介入に対してウクライナ新政権は総動員を発令。全力で戦争準備態勢に入りました。クリミアではいつ戦闘が起こるか、ロシア軍は果たして東部ウクライナにも侵攻するのか、という一触即発の状況です。虚報でしたが、「在クリミアのウクライナ軍に”明日までに降伏しないと攻撃する”とロシア軍が通告したという報道もあったほどです。

「それはロシア軍ではない」「でも軍を送る権利はある」とプーチンは述べた

BBCによれば、プーチンは実に白々しい、しかし合理的なコメントを発しています。

彼は、ロシア軍がクリミアのウクライナ軍基地を包囲したことを否定し、それは新ロシア派の自衛団だと述べた。…もし東部ウクライナのロシア系住民が助けを要請すれば、モスクワはそれに応える、だろう、とプーチンは述べた。また「もし東部ウクライナで無政府状態が生じたならば、我々はあらゆる手段を用いる権利を留保している」と述べた。(BBC 3/41「Putin: Russia force only 'last resort' in Ukraine」)

クリミアで暗躍している兵隊がすべて現地民兵だ、などと信じている人は少ないでしょう。どう見てもロシア軍にしか見えない「国籍不明の軍隊」という先例もあることですし。

 

それでもプーチンが「いや、それはロシア軍じゃない」というのは、今さら国際社会を騙そうとしているのではなく「ロシアは今のところ、こういう建前を守る気でいる」というメッセージでしょう。言い換えれば、露骨にクリミアでロシア軍の姿をあらわにする……例えば在クリミアのウクライナ軍にロシアから攻撃をしかける、というような気はない、ということではないでしょうか。

 

ただし「東部ウクライナが無政府状態になったら、あらゆる手段を」と留保して、ウクライナ政府に脅しをかけています。東部ウクライナのロシア系住民がウクライナ政府に弾圧されているか、ロシアに助けを求めているかなんて、ロシア政府がそう認定すればいいだけです。

 

要すれば「大人しく言うことを聞けば、これ以上、手荒いことはしない。だが、ウクライナが抵抗するなら、東部ウクライナにも攻め込む」と理解すればいいでしょう。

ロシアは既に王手をかけ終わった

3/4日の投稿「戦時態勢に入ったウクライナは勝てるのか?」ではこう書きました。

ウクライナは、状況を打開したければクリミアからロシア軍を排除し、租借地の中へ押し返す必要があります。……ウクライナ軍がクリミアに進軍したとして……ロシアに「ほらみろ、クリミア市民は武力によって自由意志を奪われようとしている!」という大義名分をプレゼントすることになるでしょう。その時こそ、ロシア軍はクリミアに留まらず、東部ウクライナに侵攻するかもしれません。……かといって事態が膠着すれば、戦わずしてロシアの勝利です。 期限はクリミア共和国で住民投票が行われる3月末。そこでは「事実上の(ウクライナからの)独立」が問われます。そのときロシアは無血で、民主的に、クリミアを手中にできるでしょう。時はロシアに味方しています。(「戦時態勢に入ったウクライナは勝てるのか?」

このような訳で、既にクリミアをほぼ抑え、住民投票を前倒しさせたロシアにとって、このうえ事態を激化させる必要性は乏しいといえます。むしろ、事態を硬直化させて、住民投票を待つべきです。すでに果実は実っているので、後は口を開けて時を待てばいいのです。

 

ですが住民投票までに戦闘が勃発し、ロシアの侵略ぶりが強調されてしまうと、アメリカが本気の軍隊を送ってくる可能性が無いとはいえません。そうでなくても、危機が収まった後のクリミアが国際社会に全く認められなくなるでしょう。 そこでこれ以上、軍隊を進めず、欧米の「自制を」「話し合いを」という提案に乗って対話なんぞしながら、ウクライナ側の暴発を防ぎ、なんとなく平和的なムードを演出しながら、事態をロシア超有利の現状で固定すべき、という判断ではないでしょうか。

今のところの見通し

先日の「最後通牒」報道がでた時には考えを改める必要があるかと思いましたが、あれは恐らく情報の錯綜からきたと思われる虚報だったようです。よって、今後の見通しとしては、下記の記事のままでいいんじゃないかと考えています。

ロシアとしては、このままクリミア半島だけを切り取るも良し。分裂を避けたいウクライナ新政権が、親欧路線を捨ててロシアの勢力下に戻ればさらに良し、ではないでしょうか。 このままいけば、恐らく戦争は起こらないでしょう。ロシアはその軍事力を、十分なインパクトを生むほどには威嚇的に、かつ欧米に対抗介入を躊躇わせる程度には抑制的に用いるでしょう。(『「ロシアが軍事介入」のインパクト』

ウクライナ側がクリミアに進軍せず、東部国境の防衛に集中するなら、ロシアはドイツなどが働きかけている対話枠組みに乗っかって、コミュニケーションを増進しつつ、事態の沈静化、いいかえればロシア勝利での固定化をはかるのではないでしょうか。

「戦争なんてする前に、話し合いをすればいいのに」で戦争が無くならない理由

よく「戦争なんてする前に、話し合いをすればいいのに」と言われます。それは正しいアイデアです。話し合いが決裂した時に起こるのが戦争、というのは一つの側面です。

でも他方おいては、戦争とは自国に都合のよい話し合いの下準備である、という側面もあります。戦争の目的は相手を殺すことではなく、相手をある程度コントロールすることだからです。

 

ハインラインがベルナルド・デ・ラ・パス教授に語らせているように「いかなる戦争であれ、それを実行し、うまく締めくくるためには、敵とのコミュニケーションが重要だ」ということです。

 

ただ軍隊が動いている事態では、不測の事態は常に起こりえます。第一次世界大戦のときにそうだったように、まぐれ当たりした一発の銃弾が、大戦争を巻き起こすことだってあるからです。