リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

少子化が進むと徴兵制は復活するか? シンガポールの場合

先進国を中心とする多くの国で、少子化が進んでいます。若者の総数が減ると、若い兵士を必要とする軍隊はいつか徴兵制をふたたび採用するでしょうか?

現代では志願兵制が主流

軍隊の採用制度は、傭兵制を除けば、徴兵制と志願兵制に分けられます。第二次世界大戦の頃は、大日本帝国がそうだったように、徴兵制が主流でした。しかし現代では志願兵制が主流に変わりました。
 
第二次世界大戦の頃は、自国が滅ぶか敵国を滅ぼすかという全面戦争の時代です。それには数百万の兵士が必要で、そんな人数をまかなうには志願者だけでは足りないことから、徴兵制が重要でした。
 
しかし戦後は核兵器が普及したことで、状況が変わります。核武装した大国の間では、通常兵器による全面戦争は起こらなくなりました。
 
逆に地域や争点を限定した、局地戦争が増えました。その上、PKOや災害救助といった戦争以外の海外派兵が出現。兵器と戦術が高度化したこともあり、兵士に要求されるスキルが高まります。
 
こうなると、招集に時間を要し、練度も低い徴兵制は不適切です。即応性と練度に優れた志願兵制の方が時代に適合しています。かねて徴兵制を敷いていた国も、徴兵制を廃止または縮小して志願兵制に移行してきました。
 
昨今、猛烈に軍備拡張をしている中国やロシアも、徴兵制の割合を縮小しており、兵士数でみれば昔より減少しています。その分、志願兵の割合を増やし、最新の兵器や高度な戦術を導入しています。兵の数は減っても軍は強くなっているのです。
 

ただし全面戦争と亡国の危機がある国は除く

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現代でも亡ぶか亡ぼすかという全面戦争を意識せざるを得ない国々(北朝鮮、韓国等)は徴兵制を保持しています。
 
また、ロシアのクリミア併合以降、突如として亡国の危機を意識せざるを得なくなったウクライナほか東欧の国々は徴兵制を復活させています。
 
しかし、世界大戦のような大国間の全面戦争の危機は高まっていないので、徴兵制の国々はやはり少数例にとどまっています。
 

人口が少ない国の場合、徴兵制でないと数が集まらない

一方、そもそも総人口が少なく、かつ仮想敵国の軍隊が大規模であれば、時代の流れに関わらず徴兵制が必要な場合があります。
 
ふつうに志願者を募っただけでは必要な人数が集まりにくいためです。北欧のノルウェーは、まだ徴兵制を維持しています。最近では女性も徴兵するように改革して、ニュースになりました。
 

徴兵制の背景には、軍事大国ロシアが近くにいるのに、若年人口が少ないというノルウェーの特性が影響しているでしょう。
 
ということは、いま志願兵制をとっている国も、少子化によって若者が減れば、ふたたび徴兵制をとることが合理的になるでしょうか?
 

シンガポール軍の徴兵制

シンガポールもまた、人口が少なく、徴兵制を維持している国の一つです。正確にはナショナル・サービス(NS)といい、警察や消防に配属される若者もいますが、多くはやはり陸軍だそうです。新兵教育の様子は、ドキュメンタリー「Every Singaporean Son」で垣間みられます。
 
本編は、軍に入ってから教育終了まで、オフィシャルサイトYoutubeで無料で観られます。トレーラーがこちらです。
そんなシンガポールも、豊かな国の例に漏れず、少子化が進んでいます。少子化に徴兵制で対応するなら、徴兵期間を長くしたり、女性も徴兵したりする、といった対応が考えられます。
 

シンガポール軍の少子化への対応は「設備投資」

しかし今のところ、別の対応策をとっているようです。ニューズウィーク紙によると、2015年7月1日の「軍隊記念日」の軍事パレードを前に、シンガポールのウン国防相は兵士減少への取り組みを語りました。
 
兵士減少への取り組みは、他国の軍隊に比べれば、うまく対応できているという。1つには、経済成長のおかげで国防予算が十分にあり、兵員の減少を最新兵器によって補えるからだ。
例えば最近導入したドローンや砲撃システム、フリゲート艦など、多くの人手を必要としない装備への依存を図っている。歩兵隊の車両や艦艇でも、有人と無人の混合型システムを検討中だという。
こうした装備などに基づき50年までの計画を立てると、現行の2年間の徴兵期間を延長する必要はなく、女性の徴兵義務化(現在は志願制)も不要だ。
 
シンガポールに限らず、現代の軍隊は昔より省人化が進んでいます。
 
昔の戦艦大和には約2500人の兵士が乗っていましたが、現代の軍艦は500人乗っているものすら、稀です。陸軍の装甲車も遠隔地からラジコンのようにリモート操作するものがあります。空軍の飛行機も、将来は1人で多数の無人機をリモート操縦する構想が進んでいます。
 
これを加速させて必要な兵士数を減らせば、徴兵を拡大しなくても少子化に対応できる、というのがシンガポールの今の考えのようです。
 
企業が人手不足に対応したり、人件費を削ったりするため、設備投資をして省人化をはかるようなものです。

徴兵より徴税?

企業といえば、減少する若者を必要とするのは軍隊だけではありません。民間企業こそ、少子化のせいで人手不足に困ります。
 
貴重な若者を軍隊が徴兵で奪ってしまうと、戦時中の日本のように、民間企業から若手が減って経済が衰退していくでしょう。すると税収も減るでしょうから、軍隊にまわる予算も苦しくなります。
 

よって、少なくなった若年人口は「徴兵」して軍隊で働かせるより、むしろ企業で働いてお金を稼いでもらい、それを「徴税」したお金で軍隊の省人化を極端に進める方が、将来の先進国では合理的になるのではないでしょうか。そこまで技術が進む以前にいきなり全面戦争の危機が迫らない限り。

 

ロボット兵士の時代

ターミネーター2 特別編 [Blu-ray]

話は飛躍しますが、生身の人間兵士を揃えるより、少数の精鋭兵+設備投資という路線を延長すると、未来において行き着くところは、ロボット兵士の登場でしょう。
 
2015年、映画「ターミネーター」の最新作が公開されました。ターミネーターは人型のロボットで、自ら考え判断して、ターゲットを殺害します。そう遠くない未来、人々がターミネーターを見るのは映画の中だけではなくなる、と懸念されています。(もっとも現実のそれは、十中八九、人型ではないでしょうが)

パキスタンでのアメリカの対テロ作戦などでは、兵士による遠隔操作で攻撃する無人機が投入されていますが、アメリカやイギリスでは、さらに自動的に動く兵器の開発が進んでいて、兵士の指示がなくても標的をみずから決めて攻撃する、いわゆる「殺人ロボット」が登場することへの懸念が高まっています。

国際的な人権団体、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」は、21日、こうした自動的に攻撃する兵器の開発に対して声明を発表し、「悪夢のようなSFの世界が現実のものとなる前に、国際社会による早急な行動が必要だ」と歯止めをかけるよう訴えました。(中略)

「殺人ロボット」を巡っては、今月16日にも、技術者や人工知能の専門家など37か国の272人が禁止するよう求める声明を連名で発表するなど、開発に反対する機運が高まっています。

(NHKニュース 2013年10月21日「殺人ロボット開発に歯止めを)

このような潮流をみるに、現代の核保有国またはその同盟国にあっては、徴兵制の復活を心配することに比べれば、殺人機械が登場する未来を心配した方が、まだしも実際的ではないでしょうか。
 
より実際的なのは、その誕生を心配したり反対したりすることではなく、どうコントロールするか考えておくことでしょう。科学者たちが反対し、技術者たちが懸念しても、それは生み出されるでしょうから。
 
大昔、ローマ教皇はクロスボウが非人道的だと反対しましたが、やがて人類は銃を発明しました。第一次大戦前には機関銃ができたので、こんなので戦争をしたら恐ろしいことになる、といわれました。確かに機関銃は恐ろしい威力を発揮したので、その銃弾をものともしない戦車が発明されました。
 
戦争に必要なものは、物でも制度でも、何であれ生み出されるのです。なぜなら人間にとって、恐るべき兵器の誕生よりも自分の死の方がずっと恐ろしいものだからです。そしてマキャベリが言うように「恐怖からのがれようと懸命になって努力している当の人物が、今度は逆に他人にとっては脅威の的となっていく」のです。