リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「解体する世界秩序」リチャード・ハース

不安定化しているのは中東だけではありません。

ヨーロッパの周辺地域でも再び秩序が不安定化している。ヨーロッパ秩序、世界秩序に自国を統合していくという前提をいまや放棄したプーチンのロシアは、周辺国やクライエント国家との特別なつながりを基盤に別の未来を模索している。ウクライナ危機はその顕著な例だが、これが最後の例になることはないだろう。(中略)

アジアでは、現状で不安定化が起きているというよりも、今後、秩序が不安定化する危険が高まっている。(中東とは違って)アジア諸国は弱体でもなければ、崩壊途上にあるわけでもない。それどころか、この地域の国家はすでに強固な上に、ますます強くなっている。国家アイデンティティが強く意識され、堅調な経済をバックに軍事予算が増額されている。しかも、歴史的半目と領土紛争を抱えている。

これらが絡み合って形作られる環境のなかで、地政学的戦術が幅をきかすようになり、紛争が起きる危険が生じている。(同 p6)

中東では近代的な国家の枠組みが弱くなって中世化する一方、アジアでは国家の枠組みが強くなって、それぞれ衝突の危険を高めています。ウクライナ危機が「最後の例になることはない」とは、不気味な予言です。ロシアが武力をたくみに使ってクリミアを奪取し、ウクライナを分裂させたことは、秩序という堤防を崩壊させるアリの一穴になるかもしれません。

これまで秩序を支えてきた国際的な原則やルールも形骸化しつつある。例えば、国際社会には「力で他国の領土を奪うことは許されない」とする一定のコンセンサスが曲がりなりにも存在した。

1990年にクウェートを侵略したサダム・フセインを押し返すために広範な国際的連帯が組織されたのも、こうした原則とルールが国際社会に受け入れられていたからだ。

しかしその後、力による国境線の変更は認めないというコンセンサスも揺らぎ始めた。事実、2014年春にクリミアを編入したロシアは、かつてのイラクのようには国際社会から批判されなかった。

今後、論争のある空域、海域、領土をめぐって中国が力による現状変更を目的とする行動に出ても、国際社会がどのように反応するか分からない状況にある。(同 p7)

また、核兵器などの大量破壊兵器の拡散についても、よくない流れがある、とハースは言います。フセインのイラクが多国籍軍によって打倒されたのを見て、リビアのカダフィ政権は交渉の道を選び、核開発を断念しました。しかし、それは報われませんでした。

カダフィが核開発を断念することに応じた数年後に、権力を追われて殺害されるという末路をたどったために、おそらく各国は核兵器の価値を再評価しているだろう。いまや他の諸国がカダフィのように(主要国の説得に応じて)核開発を放棄する可能性は低下している。(p10)

 このような例をみれば、例えば北朝鮮のように、生き残りの保証として核兵器を持っている国はどう思うでしょうか? もし交渉に応じて核兵器を放棄したら、数年後、国内が混乱したとき、手の平を返して先進国が爆撃してくるかもしれない。権力階級の人々は政権が倒されることを恐れ、独裁者は無人機のピンポイント攻撃で殺されることを想像して、ますます核兵器を手放さなくなるでしょう。

このように秩序が形骸化しつつある国際社会を立て直すためにどうすればいいのかは、本文をお読みいただくとします。ハースは地域別にいくつかの処方箋を示していますが、もちろん、一朝一夕でなんとかなると思っているわけではありません。

私が不気味に思うのは、三十年戦争の比喩です。三十年戦争のあとにできたウエストファリア条約は、現在の主権国家体制の礎となりました。「内政干渉はだめだ」「国境線を尊重せよ」といった、誰も彼もが当たり前だと思っている秩序の始まりです。

秩序とは共有された妥協であり、その土台は戦争でした。それも泥沼の、いつ果てるともしれない戦争。戦陣に燃え上がった愛国心や宗教心が、ついに疲れ果てるほどの、長く無益な消耗戦です。誰も彼もが血に飽き、だから秩序に妥協したのです。

現在の中東においても、あるいは長くつまらない流血の果てにしか、秩序の輪郭は現れないのかもしれません。

一方で、ヨーロッパやアジアは「力による国境線の変更を認めない」という、最低限のルールを、守り切ることができるでしょうか。