リアリズムと防衛を学ぶ

本の感想などを書いています。

「中国を抑止する列島線防衛は陸上戦力で」アンドリュー・F・クレピネビッチ(How to Deter China -the Case for Archipelagic Defense)

 戦略予算評価センター(CSBA)のアンドリュー・F・クレピネビッチが、フォーリンアフェアーズで対中国抑止における陸上戦略の重要性について論じています。

中国の野心を抑え、戦争を防ぐには「拒否的抑止」を達成する必要があり、そのために米国と同盟諸国は第1列島線にそって「列島線防衛(archipelagic defense)ライン」を構築せねばなりません。そこでは空海軍力だけではなく、意外にも陸上戦力が重要だ、という議論です。

中国の海洋進出とA2AD戦略

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中国は経済発展に従い、海軍、商船隊、沿岸警備隊といった海上権力を増大させて、長期的には西太平洋を支配しようとしていると見られています。そのうち軍事力を用いた有事の戦略が「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略と呼ばれるものです。クレネビッチはその内容について、こうまとめています。

中国軍は、他国の軍隊が領域を占有したり、近海を通過したりするのを阻む、いわゆる接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略を強化し、実質的に西太平洋に米海軍が立ち入れないようにしようと試みている。

この戦略では、作戦行動と後方支援を衛星とインターネットに依存するペンタゴンの指揮統制システムをターゲットにした攻撃も想定されている。...

米軍の重要な基地をターゲットにし、米海軍による国際水域での作戦行動を制約する能力も強化している。中国軍は、沖縄の嘉手納空軍基地を含む、東アジア地域における米軍の主要施設を攻撃できる弾道ミサイルと巡航ミサイルをすでに開発し、第1列島線沿いのさまざまなターゲットを攻撃できるステルス戦闘機の開発を試みている。遠く離れた軍艦を抑止及び攻撃するために、すでに中国軍は、長距離の偵察ミッションをこなせるドローンだけでなく、先端レーダーと偵察衛星を配備している。(foreign・アフェアーズ・リポート 2015年No4 p81)

 とはいえ、中国は直ちに戦争を仕掛けようとしているわけではありません。日本の中国脅威論ではこの点を誤解しているものが見られ、直ちに「中国が攻めてくる」というような狼少年のような議論になりがちです。

 リアリズムの祖モーゲンソーが「軍備の政治目的は、仮想敵国に軍事力の使用を思いとどまらせることによって、軍事力の現実の行使を不必要にすることにある」と論じているように、そもそも現代の軍事力とは、究極的には、戦争をせずに目的を達成するためにあるのです。

 クレネビッチは「中国が大胆な侵略行動を通じた劇的な拡大路線をとるとは考え難い。その戦略文化に即して、中国は地域的な軍事バランスをゆっくりと、冷徹に自国に有利なものへと変化させ、中国の強制力の前に屈するしかない支配的環境を作り出したと考えている」と明快に論じています。

よってそのような中国が戦わずして勝つ環境を作らせないために備えが必要です。また、そのような備えがあれば、互いの行動の読み間違い等による予期せぬエスカレーション、偶発的な衝突の発展などから思わぬ戦争につながった場合にも対処できるでしょう。

中国に対抗する拒否的抑止

中国がA2AD戦略によって、米国と同盟諸国の軍事活動を抑止しようとするなら、米国陣営はそれに対抗します。中国が軍事力を用いても目的を達成できないよう守りを固めることで、中国の意図を未然にくじくことを目指します。これを「拒否的抑止」といいます。

過去記事であげた、第二次世界大戦時のスイスの防衛戦略などは、この拒否的抑止の好例といえるでしょう。 

 

拒否的抑止戦略の舞台は南シナ海、東シナ海、西太平洋といった広大な海空域です。よって一時期言われた「エアシーバトル」という言葉に現れるように、主役は海空戦力だと思われがちです。

陸上戦力による拒否的抑止

しかしクレネビッチは、陸上戦力のコストパフォーマンスの良さを指摘しています。第1列島線沿いに適切な陸上戦力を展開する方が、空海軍力で同じことをやろうとするよりベターだ、というのです。

対艦ミサイルと対空ミサイルの列島線展開

対空防衛については、第1列島線諸国は、比較的シンプルながらも高度な稼働性をもつ短距離要撃ミサイルを装備した陸軍部隊を展開することで、中国空軍の空からのアクセスを拒否する能力を強化できる。...一方で、米陸軍は日本のような同盟国と共に、中国の巡航ミサイルを迎撃し、中国軍の先端航空機を破壊できる、より洗練された長距離システムを運用できるだろう。

...中国軍の防衛圏内にリスクを冒して軍艦を送り込んだり、潜水艦をより優先度の高いミッションから外して投入したりするよりも...第1列島線沿いに、移動式発射装置と地対艦ミサイルを装備した地上軍を配備すべきだろう。

すでに日本の自衛隊は、軍事演習の際には対艦ミサイル部隊を沿岸部に配備することで、このやり方を実践している。(前掲書p83)

 

対空ミサイルと対艦ミサイルを第1列島線沿いに多数配備すれば、中国の空海軍はこれに妨害されて、自由に西太平洋に出られなくなります。これはよく議論されているオーソドックスなアプローチです。

機雷による東・南シナ海の封鎖

意外なところでは、地上を拠点にした機雷戦の実施があげられています。

アメリカと同盟国の地上軍が貢献できるもう一つのミッションが機雷戦だ。

...機雷の敷設については陸軍がより大きな役割を果たせるだろう。特に東シナ海、南シナ海を外洋とつなぐ主要な海峡近くに展開している陸軍部隊がその役目を果たせるはずだ。

...第1列島線沿いの主要なチョークポイントに機雷で封鎖した海域を作れば、中国海軍による作戦行動の遂行を困難にし、同盟国海軍の活動を妨げる中国側のの能力を大きく制約できる。

さらに、沿岸近くに対艦ミサイルを配備しておけば、中国海軍も容易には掃海活動ができない。(前掲書p83)

冷戦時代の日本は、ソ連を抑止する目的で「3海峡封鎖」が盛んに論じられましたが、今日では列島線諸国の合同による「列島線封鎖」が重要になってくるようです。

高まる海空軍とネットワークの脆弱性

クレネビッチは、同じことをやるにも地上部隊の方が安くつくという他に、海空軍の脆弱性も主張しています。中国が長距離偵察手段を装備し、精密誘導可能な弾道ミサイルや巡航ミサイルを多数保有することで、第1列島線付近の海空軍基地は脆弱さを増しています。

現状では、報復攻撃に利用できる精密誘導兵器は、ますます脆弱性が高まっている空軍基地に格納されているか、空母に搭載されている。ペンタゴンは、新たに潜水艦や長距離ステルス爆撃機を導入することで脆弱性を克服することを計画しているが、コストが非常に高い上に(空海軍の場合)兵器の搭載量に制限がある。

これに対して地上軍は...敵の攻撃に対する耐性をもつ強度を高めた掩蔽壕に格納しておくことができる。(p84-85)

 また、ネットワークの脆弱性についても、地上軍が防衛の助けになると論じています。米軍の衛星通信網が中国の攻撃によって無力化された場合、最善の方法は「コミュニケーションラインを第1列島線沿いの地中と海底に敷設した光ケーブルへと切り替えること」であり、列島線に展開した地上軍のミサイルがそれを防衛できる、と説いています。

その他の陸上部隊の活用

クレネビッチはその他にも多数のメリットをあげ、地上部隊の活用を説いています。

・長期的には、低周波音響センサーの列島線沿い海底への敷設と、沿岸部の砲兵部隊が対潜ロケットを装備することで、中国の潜水艦を攻撃できるようになるだろう。

・第1列島線沿いに少数でも米軍の地上部隊がいれば、同盟諸国の抵抗を効果的に援助できる

・地上軍が大きな役割を果たすようになれば、海空軍は長距離偵察や空爆など、自分たちの任務に特化できるというシナジー効果が発生する

 

いずれも「空海軍か、陸軍か」という二者択一的な考えではなく「陸軍でやった方が安いことは陸軍で」「空海軍しかできないことは空海軍で」というシナジー効果を説いたものです。

しかし、対潜水艦作戦や機雷戦などは、軍種としては海軍が担当した方がこれまでの経験を生かせるから現実的でしょう。ここは、軍種がどうこうというより「地上を拠点にして、地上に存在する部隊が活動する」ことのコスト・エフェクティブネスと、陸軍の時代への適応を説いていると考えるべきでしょう。

第1列島線諸国は、いずれも1国で中国の軍備増強に対抗できないのは明らかなので、長期的には地の利を生かした戦略を共同して構築する方向に進んで行くのではないでしょうか。

 

フォーリン・アフェアーズ・リポート2015年4月号

フォーリン・アフェアーズ・リポート2015年4月号

  • 作者: ウォルフガング・イッシンガー,ジョセフ・S・ナイ,ケナン・マリク,マイケル・レビ,マイケル・グフォーラー,ジェニファー・リンド,サルバトーレ・バボネス,C・フレッド・バーグステン,アンドリュー・F・クレピネビッチ,フォーリン・アフェアーズ・ジャパン
  • 出版社/メーカー: フォーリン・アフェアーズ・ジャパン
  • 発売日: 2015/04/10
  • メディア: 雑誌
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